メトロポリタン・オペラの「育ての親」

先日、仕事先のメトロポリタン・オペラ・オーケストラのカーネギーホールで行われたコンサートで演奏させていただく機会がありました。

カーネギーホールのステージ上。リハーサルの休憩時の様子。

カーネギーホールのステージ上。リハーサルの休憩時の様子。

メトのオーケストラは毎年2〜3回、本拠地、リンカーンセンターのオーケストラピットを離れ、カーネギーホールのステージ上でコンサートを開きます。今年は、今シーズン最後のコンサートで、40年間、音楽監督を務めたジェイムズ・レヴァイン氏の引退のため、それを記念する歴史的なイベントとなりました。レヴァイン氏は近年、健康状態が思わしくなく、パーキンソン病を始め、いくつもの病状に悩まされ、やむを得ずたくさんの出演予定をキャンセルされていました。しかし、「巨匠」とか、「音楽の神」と呼ばれるくらい、尊敬され、ファンから敬愛を受ける彼のために本拠地であるメトロポリタン・オペラでは彼の電動車椅子がすっぽり入ってしまう「指揮台」が組み立てられ、体が不自由になっても指揮活動を続けられるよう、配慮がなされていました。今回のカーネギーホール公演でもその特別な、カーネギーホール専用の真っ白な「指揮台」が設置され、本番を迎えることができました。

本番前のリハーサルでカーネギーホールの理事長に歓迎されるレヴァイン氏。

本番前のリハーサルでカーネギーホールの理事長に歓迎されるレヴァイン氏。

このコンサートでは歴史上、最傑作オペラ、ワーグナー作曲の4作品を併せた、『ニーンベルグの指環』オペラより、抜粋していくつかの曲が演奏されました。(この4作品を併せたオペラ、全部演奏したら15時間かかってしまいます。)細かい音がたくさんあって演奏するのは決して楽ではないのですが、複雑、かつ巧妙な美しいハーモニーとメロディーに震撼させられます。

リハーサルの様子

リハーサルの様子

今や、世界のトップオーケストラとも言われるようになった、メトロポリタン・オペラ・オーケストラ。実は、レヴァイン氏が音楽監督に就任するまではあまりパッとしない楽団だったとか。1975年にレヴァイン氏が就任してから、練習を重ね、ピットから這い出し、舞台上で、しかもカーネギーで演奏をするほどのレベルに上りつめたのです。以前、『カーネギーホールの行き順』、というタイトルでブログを掲載しましたが、まさにこのオーケストラは"practice practice practice!" (練習、練習、練習!)を続けてカーネギーホールへたどり着いた、ということですね。ちなみにレヴァイン氏自身のカーネギーホール出演回数はメトやボストン・シンフォニー、など他との公演、全て併せて百数十回だとか、、、。

私はエキストラとしてメトロポリタン・オペラでしばしば仕事をさせていただいているのですが、この素晴らしい楽員さんたちに混じって演奏するという経験を通してたくさんのことを学ばされます。何がすごいかと言うと、楽員さん達のお互いをよく聞く耳です。100人以上の楽員がそれぞれのパートを弾きながらうまくアンサンブルするには、お互いをよ〜く聞き、周りの人と音色を合わせブレンドし、小さなニュアンス、強弱、テンポの変化、場合によってはズレなどに敏感に反応し、合わせるのです。以上で申し上げたことはどこのオーケストラでもやっている事なのですが、メトロポリタン・オペラ・オーケストラでは他以上にこのテクニックに長けていると感じます。日ごろオペラを演奏するという事は、オーケストラ内の音だけでなく、歌手やコーラスにも合わせ、歌声に完全にかぶらないよう、それぞれの歌手の歌い方に注意し、敏感に対応しながら演奏しなければいけません。公演日によっては同じ演目でも、前公演と違う歌手が出演する事もありますから、なおのこと耳を澄ませる事が必要です。その故に「聞いて合わせる」ことが非常にうまい楽団なのです。

メトをこのような一流オーケストラに育てたレヴァイン氏。最初に申し上げたよう、近年は体調が思わしくなく、全盛期のような迫力は薄れてしまったものの、リハーサルでは彼の長い年月を通して積み上げられた経験の重みを感じさせられました。今回のコンサートの最後には長年メトに通い詰めた、彼の引退を惜しむファンたちで埋め尽くされ、会場総立ちで拍手が15分間も続き、まるでロックコンサートにいるかのような大盛況でした。

レヴァイン氏の去った後の音楽監督はまだ決定していないようですが、後継者となる指揮者は高い期待に応えなければなりません。新しい音楽監督がどんな新鮮な風を吹き込んでくれる事になるか、楽しみです。